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瑞堂住職斬る!インタビュー

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瑞堂住職に、これまでの人生を振り返ってもらい、印象に残っている様々な出来事についてお聞きしました。 また「永敏大住職との出会い」「出家した経緯」「印象に残っている修行」「今後の夢」など 森下瑞堂という男の人間性に迫る質問をぶつけてみました!

※取材日時:2017年3月6日
※取材場所:倶利加羅不動寺

瑞堂住職の人生観を作っている過去の出来事について教えて下さい

小学校2年生まで長崎県対馬市で生活してました。 対馬市は都会とは違って戦後が長く、食べられない時代が長かったんですよ。 僕は、5歳で母をなくし、その後に義父に面倒をみてもらっていたけど、食べられたとしても一日一食、パン一切れが食べられれば良かったという生活でした。

その後、義父も倒れて、長崎県佐世保市にある養護施設に入れてもらえたのだけど、そのおかげで助かったね。入れてもらえなかったら食べられないですから・・・。

養護施設ではどんな思い出がありますか

施設での思い出は、誕生日会。 月に一回あるんだけど、毎回、部屋単位での出し物をしないといけなくて、 僕は中学生に上がったくらいから、中心となって必ず創作劇をやっていたんですよ。 脚本、演出、主演、全部俺!てな感じで(笑)。

そういった企画をしたり、作りあげていくクリエイティブなことに、子供の頃から素養があったことが、後々きいてくるんですよね。 自分が白紙から企画を立ち上げて、運営して、最終的には皆に喜んでもらえることがね。 一番忘れられないのは、僕がいた最後の年に施設で運動会を企画したこと。 先生から「お前が責任者としてやれ!」と言われたから、喜んでいろんなことを仕込んで大運動会を作り上げたんですよ。

愛知県に来られたのはいつですか

中学3年生まで施設にお世話になった後、働きながら愛知県津島市の夜間高校に通いました。 なんで愛知県に決めたかというと、長崎県の「対馬(つしま)」と愛知県の「津島(つしま)」の音が同じだったからなんだけどね。

仕事をしながら、趣味として興味をもったのがカメラ。 休みの日に写真館を経営しているカメラマンのところへ行って教えてもらっていたの。 でも、そのカメラよりも、もっと心奪われたのがビデオカメラ!! ある時、写真館のショーウィンドウに並んでいたビデオカメラを触らしてもらった瞬間、虜になって、むちゃくちゃ高かったんだけど即買いしちゃったくらいだからね。 休日は、そのビデオカメラを持って撮影するんだけど、テレビのようにキレイに撮れなくて。「なんで?」という視線でいろんな番組をみて研究したよ。 映像に対する熱がどんどん高まり、最終的には勤めていた会社を辞め、映像の道に進んでいったの。

映像の道はどうでしたか

念願だった地元テレビ局の報道カメラマンをやりました。 そしたらやがて「一つの番組を自分で作りたい」という想いが湧いてきて。 僕は常に上昇志向だから(笑)。 そんなタイミングで偶然にも上司から独立の話を提案されて会社を作ったの。 現場も営業も経営もやって、30人くらい社員さんがいましたね。 僕、営業が得意だから、いろんなテレビ局から仕事をもらって、大変忙しくなっていきました。

時代の進化とともに映像の世界も大きく変わっていきました。 1番大きな変化は、テレビ番組映像を1台のパソコンで編集できるようになっていったこと。 番組編集を行うシステムに少なくとも数千万円はかかっていた頃からすると、数十万円のパソコン1台で仕事ができることに、 僕の考え方は「会社を大きくする」から180度転換して「自分のやりたい仕事を突き詰めていく」に変わっていきました。 もともと報道が好きだったため、限られた人数で、最低1人でも世界に向けて仕事ができるというインターネットとの出会いが、その後の自分を大きく飛躍させてくれました。

永敏大住職と出会い、出家した経緯を教えてください

ある時、通りがかりに倶利加羅不動寺をみて「なんだここは?」と興味をそそり、取材したのがきっかけ。 初めて永敏大住職の話を聞いた時に「この人は違う!」と本当に感動したの。 宗教の話はいっさいされなくて、自分が今まで生きてきたこと、お寺を建てた経緯、苦労したことを淡々と話されただけなんだけど、人の話を聞いて感動して泣いたのは後にも先にもこの時だけでした。

どんな話をされましたか

「お金は使うために稼ぐもの!生きたお金を使うことでお金は大きくなって帰ってくる! お金から好かれる人間になればお金からやってくる! そのためには、人が喜ぶ使い方をしなさい。人が喜ぶお金は人を助けてくれるから。」 「徳というのは、親が良いことをしていれば子や孫に受け継がれるもの。」 ということを自信をもって話されてました。

そのような話を積み重ね聞かせていただくうちに 「この人が無名ではいかん!この人は、どんだけの人を救えるかわからん!」 って思って「僕がこの人を有名にしよう!」と心動かされたのです。 最終的には「永敏大住職がこの世に生きていたことを刻印にしたい」というのが僕の夢の一つです。

出家されたのはなぜですか

出家のキッカケは、ある時、雑談の中でフッと「俺も出家しようかな」と冗談で言ったんですよ。それくらい言うじゃないですかー(笑)。 そうしたら大住職が想像を絶する喜びをされたんですよ。 え、そんなに喜ぶの!?冗談ですと言えなくなっちゃって。 「なんてことを言っちゃったんだ」と後悔しましたよ(笑) でも、なんか心にポンと火がついちゃったんだよね。 最初はちっちゃなちっちゃな灯り。 ところがその小さな火が日々大きくなるのよ。どんどんどんどん大きくなるのよ。 それで、もう結局は出家しようと、すべてをお寺に捧げようと思いました。

永敏大住職は暦を厳格に守る方なんですよね。 僕が「出家することにしました。いつ、お寺に入ったらいいですか?」と相談すると、 暦を調べて「うーん、あと3日しかない!」と言われて(笑)。 えー3日!と慌てました。僕には家族もいたから。 でも3日目には出家しましたよ。

後なって、大住職から、 「昔から『一族になんの徳もなくなったら、不思議と一族の中から出家僧がでる』と言われている様に、あなたの一族の徳が消えたから徳を積むためにあなたが坊さんになる必要があったんでしょうね!」と聞きました。 40年の倶利加羅不動寺の歴史の中で出家したのは僕だけなんですよ。

倶利加羅不動寺の修行で、印象に残っていることを教えてください

僕は滝の修行がいちばん好きですね。 一番最近では、パラオの自然の滝、幅50メートルもあるところで滝行をやりました。 現地の人が後から言うんですよね 「良かったですねー今日はワニが落ちてこなくて。この前は3メートルのワニが落ちてきたよ」と(笑)。

まあ、一般的なお坊さんが行う通常の修行を一通りやっているわけですが、 大住職から「あなたは、私みたいに命懸けの修行をガンガン行うのではなく、情報発信の力で人を導きなさい!それが、あなたのやらなければいけないこと!」 と言ってもらえたことで、もう凄いスッキリして! 映像を作るメディア力と話す力をフルに使って情報発信するのが、私の修行です。

また布施というのは修行なんです。 布施というのは、一般的にお金と考えられがちだけど、お金じゃなくてもいい。 食べ物でもいい。真心でもいい。いい話を聞いたら他の人に話してあげる。 元気な肉体を使って、復興支援のために活動する。すべてが布施。 人のために、自分のことを切り離してなにかをするのが布施の行。

僕は、料理人やカメラマン、イベントプロデューサーなどいろいろやりますが、すべての仕事はお寺に通ずるなんですよ。 自分の中心には必ずお寺、ご本尊、大住職がある。 僕はお寺のために活動する。それがご本尊のためにもなる。 そして、それがお寺を大事に思ってお参りしてくださる皆さんに行き渡る。 このお寺が存続していないとお参りもお願い事もできない。おかげもいただけない。 だから、僕はお寺の存続の為にすべて頑張る。これが僕の修行です。

瑞堂住職の好きな言葉「愛」について教えてください

ダライ・ラマ14世の言ってみえる『本当の愛とは執着心のない、それでいて全てを許すことができる心だ』が「愛」であり、本当にきれいな愛こそが尊いものと思っています。 どんだけ愛してると言っても、その人が発した一言や行動でカチンとくるのは愛ではなく執着心。どんなことをしても許せる、我が子に対する愛が本当の愛ですよね。

大住職の喜寿の誕生日には、素晴らしい師弟愛を見せていただきました

心からいつまでもお元気で、沢山の方の救いの導となっていただけるように、と心を運ばせていただきました。 大住職は、偉大なる師匠であり、大恩人なので、どんなことをしてでも報いたいなと思っています。 自分の人生を良い方向に大きく変えてくれた方ですから。

「人生に夢があるのではなく、夢が人生を作る」という瑞堂住職のお言葉をお聞きしましたが、瑞堂住職の夢はなんですか、これからやりたいことはなんですか

まず1つは、現在は「本山修験宗別格寺倶利加羅不動寺」なんですが、「別格寺」「倶利加羅不動寺」と「寺」が2つ入ってゴロが悪いでしょ(笑) だから「大本山倶利加羅不動寺」にしたいというのが、形としては大きな目標です。

どんな大きな出来事も必ず過去の存在になる。 すべては時間の流れとともに、この世から消え存在がなくなる。 ほとんどのものが記憶の中からも消える中で、 「倶利加羅不動寺の2代目の住職・瑞堂さんは、これこれこんな貢献されて、だから今があるのよ」という生きた証、生きた記憶が後世に残るような仕事ができていれば嬉しいかなと。

3代目の方は優秀な方が来るんじゃないでしょうか。 2代目の僕はショートリリーフです。先発があまりにも凄かったので(笑)。 次のピッチャーに綺麗につなげるように、あまり塁にランナーを貯めることなく(笑)

お寺や、お寺を大事に思ってくれる方、ご本尊をはじめとした仏様、神様に貢献できれば人生大満足!それが、自分が生まれてきた最終目的です。 これまでの人生は、これからの人生のためにあったんだと。 今からの10年間が僕の人生の集大成だと思っているんです。

お寺のためにどれだけの力を出しきれるかで、自分がこの世に生まれてきた価値が決まるんだろうなと。 だから、これからの10年間は"とくに"ガムシャラにやりますよ!